大阪文化賞

1981年度(昭和56年) 大阪文化賞受賞者

梅棹忠夫(うめさお ただお)
梅棹忠夫
  • 分野
    民族学
  • 受賞理由
    内蒙古生態学的総合調査に従事したのを手始めに、その後も世界各地を探検するなど、その豊かな調査活動に基づく数々の優れた業績には、顕著なものがある。
    大阪への国立民族学博物館の誘致に献身。日本万国博覧会記念公園内に開設された同博物館初代館長に就任し、東奔西走の毎日である。
    民族学の研究発展はもとより、大阪の文化についてのユニークな提言は、特筆に値し、大阪文化の振興に大きく貢献している。

1981年度(昭和56年) 大阪文化賞受賞者

吉田常雄(よしだ つねお)
吉田常雄
  • 分野
    医学
  • 受賞理由
    永年大阪大学医学部にあって、内科学の各分野にわたり数多くの優れた研究者・臨床医の育成に貢献した。
    また、病院長としても高度な手腕を発揮し、医学水準や医療サービスの向上に尽したほか、長期的展望のなかで医療行政推進に大きな役割を果たしてきた。
    国立循環器病センターが大阪に設立されたのも氏の尽力によるもので、現在も同センター総長としての重責を果たしつつ、循環器病の究明、海外研習生の指導等に情熱を燃やし続けている。

1981年度(昭和56年) 大阪芸術賞受賞者

河井達海(かわい たつみ)
河井達海
  • 分野
    洋画
  • 受賞理由
    幼少より、洋画家を志し、岡山師範学校卒業後、斉藤与里に師事。20歳代で帝展入選を果たし、その後、「冬の嵐山」で文展特選となった。
    数々の作品のうち、庶民の街大阪を描いた作品は、そのいずれもが大阪の心を描破しており、高く評価されている。
    他方、長年にわたり、大学教授として、多くの後進を育成するなど、大阪の美術教育の推進に果たした役割には、大きいものがある。

1981年度(昭和56年) 大阪芸術賞受賞者

四世 竹本津大夫(たけもと つだゆう)
四世 竹本津大夫
  • 本名:村上多津二
  • 分野
    文楽
  • 受賞理由
    三世竹本津大夫の子に生まれ、幼少の頃から父の薫陶を受ける。この道に研さんを重ね、人形浄瑠璃文楽太夫の第一人者となる。
    時代物に優れた芸を発揮するが、世話物にも情味豊かで円熟した味わいを示し、昭和48年には、その技芸が認められ、重要無形文化財保持者(人間国宝)に認定された。
    人形浄瑠璃文楽の普及発展と後進の指導育成に日夜尽力している姿は、高く評価されているところである。

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