大阪文化賞

1985年度(昭和60年) 大阪文化賞受賞者

野間光辰(のまこうしん)
野間光辰
  • 分野
    国文学
  • 受賞理由
    江戸時代の文豪、井原西鶴の全作品を集大成した「定本西鶴全集」の出版を企画し、散逸した作品群や新資料を収集しながら詳細な注釈をつけ、25年の歳月を費やしてこれを完成させるなど、一貫して西鶴研究に励み、その作品と生涯を浮彫りにした功績は大きい。
    また、昭和42年以来、毎年1回市民を対象にした「西鶴文学講座」を開講し、西鶴の顕彰とその文学の普及に尽くしたほか上方の近世文学に関する資料の発掘や公刊にも努めた。

1985年度(昭和60年) 大阪文化賞受賞者

山村雄一(やまむらゆういち)
山村雄一
  • 分野
    医学
  • 受賞理由
    我国の医学会、とりわけ免疫学の権威であり、結核の空洞の免疫学的発症機構の発見や、癌の免疫療法等の研究で顕著な業績をおさめ、その功績は国際的にも高く評価されている。
    一方、大阪大学等で永年にわたって医学教育や後進の育成等に貢献したほか、斯界の重鎮として数々の学会・審議会等の要職を歴任し、指導的役割を果たした。さらに適塾の保存や懐徳堂記念会の普及活動にも尽力するなど、大阪文化の向上に果たした貢献も大きい。

1985年度(昭和60年) 大阪芸術賞受賞者

石濱恒夫(いしはまつねお)
石濱恒夫
  • 分野
    文芸
  • 受賞理由
    川端康成に師事し、昭和24年「みづからを売らず」を「文芸往来」に発表して文壇に登場した。以来「ぎゃんぐ・ぽうえっと」等の小説のほかに、童話集・詩集・随筆・評伝・紀行・脚本・歌謡曲の作詞など幅広い文筆活動を続け、数多くの優れた作品を発表した。
    特に大阪をこよなく愛し、大阪の盛り場の叙情を血肉化する数少ない作家で、大阪の風俗・人情を哀感を込めて描く作品は高く評価され大阪文壇の発展に寄与した功績は大きい。

1985年度(昭和60年) 大阪芸術賞受賞者

二世 桐竹勘十郎(きりたけかんじゅうろう)
二世 桐竹勘十郎
  • 本名:宮永豊
  • 分野
    文楽
  • 受賞理由
    昭和7年故二世桐竹紋十郎に入門以来、立役の人形遣いとして厳しい修業と研鑽を重ね、堅実にして豪放な独自の芸風を確立し、荒物役や三枚目役に優れた芸を見せている。
    特に、「鬼一」(きいち)「大舅」(おおじゅうと)などの腹のある役や、「陀羅助」(だらすけ)のにがみ走った嫌味な敵役などを遣わせれば他の追随を許さず、その卓越した技量は高く評価されている。また、後進の育成にも優れた手腕を発揮し、文楽の伝承と向上発展に尽くした功績は大きい。

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