大阪文化賞

2004年度(平成16年) 大阪文化賞受賞者

末次攝子(すえつぐ せつこ)
末次攝子
  • 分野
    文化振興
  • 受賞理由
    女性が働くことに社会的な理解が低かった終戦直後の昭和21年に、ジャーナリストの世界に飛び込んで以来、抜群の行動力と取材手腕の実力を遺憾なく発揮し、働く女性のリーダー的存在として活動を続けた。
    新聞記者時代には、近江絹糸事件、森永砒素ミルク事件をはじめ旺盛な取材活動によって、多くの記事を世に出すとともに、文化・女性問題に健筆をふるった。
    テレビ局時代には、「村山リウ源氏物語」・「竹村健一レディの英語」などの教育教養番組をはじめ、新しい発想でクイズ・ワイドショー・上方お笑い大賞創設等、幅広い番組の企画・制作をした。また、毎日放送ラジオで「末次攝子の日曜サロン」(インタビュアー)を昭和54年~平成11年まで務めた。
    大阪府参与時代には、「婦人問題企画推進本部」の副本部長として女性行政の推進に取り組むなど、卓越した見識と豊かな経験を活かし、文化振興等に大きな役割を果たした。現在も高槻現代劇場で文化プロデュースに実績をあげている。

2004年度(平成16年) 大阪文化賞受賞者

鳥越憲三郎(とりごえ けんざぶろう)
鳥越憲三郎
  • 分野
    文化人類学・古代史
  • 受賞理由
    大阪府庁との関係は深く、文化財専門委員の制度の最初から委員となり、大阪府文化財保護審議会会長などを勤めた。
    特に、大阪府が服部緑地の開発として日本民家集落博物館を企画したとき、文化部会の委員として立案・募金・建物の選定・移築のすべてに携わった功績は大きい。
    また、大阪市立自然科学博物館の調査に加わった中の一つ、南太平洋学術調査団(大阪市・読売新聞社共催)でブーゲンビル島やガダルカナル島の激戦地での「鉄兜・飯盒に残る多数の銃痕や、路傍の頭蓋骨に煙草を供えた悲しい記憶は今も消えない(本人談)。」
    その後、東南アジア諸国をはじめ中国・韓国、さらにインドネシア島嶼をひろく採訪し、彼らが日本民族と同じく中国の長江を発祥地として移動分布した倭族であったことを立証し、現在は、その倭族論の総仕上げ中である。

2004年度(平成16年) 大阪芸術賞受賞者

桂信子(かつら のぶこ)
桂信子
  • 分野
    俳句
  • 受賞理由
    大手前高等女学校卒業後、「旗艦」に初投句、日野草城に師事する。
    昭和24年に、第1句集「月光抄」を出す。
    その後「太陽系」「まるめろ」「青玄」同人を経て、昭和45年に23年間勤めた近畿車輛を退職し、「草苑」を創刊、主宰する。
    戦中・戦後の激動する時代にあっても自らの作風を貫き、香気あふれる句を表す女性俳句の先駆者として多数の作品を発表し、俳句教室の講師などを務める。昭和60年には現代俳句協会副会長に就任。
    平成12年には「草苑」に昭和60年から平成11年の15年間にわたって掲載した俳句とエッセイを一冊に収録した「草よ風よ」を発表した。
    また、90歳になった現在も、各俳句教室で講師を務めるなど、現役として精力的な活動を続け、俳句の裾野拡大のために活躍中である。

2004年度(平成16年) 大阪芸術賞受賞者

九代 竹本綱大夫(たけもと つなたゆう)
九代 竹本綱大夫
  • 本名:尾崎 忠男
  • 分野
    文楽
  • 受賞理由
    師匠である八代竹本綱大夫のもとでの本格的な修行の積み重ねに、その天性も加わり、音遣い(おんづかい)、節(ふし)の形、風(ふう)のすべてにわたって卓越した存在となる。
    師の衣鉢を継ぎ、近松物の正統的伝承者としての評価が特に高いが、近松物以外の人気狂言「絵本太功記」「菅原伝授手習鑑」「義経千本桜」「仮名手本忠臣蔵」などの時代物でも正統派の浄瑠璃を語り、物語の重要な場面を語る「切場語り」の称号を持つにふさわしい太夫である。人形浄瑠璃文楽という日本の優れた伝統芸能を世に広め、後世に伝えるという強い意思を持ち、現在の文楽界を竹本住大夫とともに引張る存在である。
    さらに、義太夫節の古格や常識に関する造詣も深く、音楽的な流れに関しても第一人者であり、その重厚で解釈のゆきとどいた語りは、浄瑠璃の奥深さを存分に堪能させてくれる。

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